語源漫筆 −−− その26
dark horse(ダーク・ホース) −−− 文字通り「黒い馬」だった
Robert Hendricksonの記述をみよう。
dark horse A wonderful story is told about a swift, coal-black horse named Dusky Pete who belonged to Tennessean Sam Flyn. Sam made an easy living riding his horse
from town to town and entering him in local races, which Dusky Pete, who looked like a
lame plug, always won handily, Sam collecting his bets and going on to his next
conquest. --- Encyclopedia of Word and Phrase Origins
(テネシー州のSam Flynという男が所有していたDusky Peteという名のまっ黒な駿足の馬について驚くべき話がある。Samは町から町へと地方の競馬に参加してDusky Peteを走らせては安楽な生活をしていた。Dusky Peteは足が不自由な老いぼれ馬のように見えたけれどいつもたやすく勝ち、Samは賭け金を集め次の勝利へと向うのだった。)
オックスフォード英語大辞典( OED )ではdarkの比喩的( figurative )意味として「一般には何も知られていない人の;その能力等々については一般の人は知らない( in the dark )ような人の」という意味を与え、例としてまずdark horseを上げている:a horse about whose racing powers little is known(走る能力については殆ど知られていない馬)。そしてdark horseが比喩的に使われるようになって、「その人については人々が殆ど何も知らない、または聞いてもいないのに前面に現れてくるような候補者または競争相手」の意味になったとして、アメリカではなくイギリスの1831年の例を最初のものとしている。それはイギリスの小説家で後に首相を務めたBenjamin Disraeliが著書The Young Duke (「若き公爵」、1831)の中で使ったものだった: A dark horse, which had never been thought of, . . . rushed past the grand stand in sweeping triumph.(一頭の黒い馬が、思いも寄らないことだったが、特別席の観客の前をさっと疾走して勝ってしまった)。Disraeliは小説家・政治家として有名だったので、間もなくアメリカの政界にもこの言葉が入り、「あまり知られていない、または意外にも勝ってしまうような候補者」の意味で使われるようになった。OEDの定義は「候補者指名の党大会以前には名前が出ていなかったのに大会で思いもよらずに指名されるような人」で、1888年Boston Journalの記事を上げている: That a dark horse is likely to come out of such a complicated situation as this is most probable.(このような複雑な情勢のもとではダーク・ホースが出てくる可能性は非常に高い)。
(注)coal-black = black as coal (石炭のように黒い、まっ黒な)。この種の明喩(simile)にはcool as a cucumberとかmad as a hatterなどのようにどうしてそのような表現が生まれたか分かりにくいものがあるが、それは下で見ることにする。|dusky: 薄暗い、浅黒い<dusk: adj. dusky, dark-coloured; n. darker stage of twilight(薄暮れ、夕暮れ、たそがれ);「たそがれ;かわたれ」は既に取り上げたとおり、薄暗くて誰だか分からないことで、「誰そ彼;彼は誰」から。twilight(たそがれ、かわたれ)<twi- ‘two’+ light、ドイツ語でもZwielicht (< zwie-‘ two’+ licht‘light’)であるが、twi-は「あいまいな、不確かな」の意味か、またはtwilightはlight between (「二つの間の光」は「太陽と月[昼と夜]との間の明るさ」と考えればよく分かる)の意味かは確かではない|Pete: Peterの愛称( diminutive )<ラテン語Peterus <petra ‘stone, rock’ <ギリシア語pétrā ‘stone, rock’、つまりPeterは「岩、石」の意味だった。英語の petrify(= turn into stone 石化する)はPeterと同源なのである。 聖書にも比喩的な意味を持たせた表現がある: You are Peter, the Rock; and on this rock I will build my church, and the powers of death shall never conquer it.(あなたはペテロである。そしてわたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉(よみ)の力もそれに打ち勝つことはない。--- マタイによる福音書)|Benjamin Disraeli :
ディズレイリ1st Earl of Beaconsfield 1804 - 1881、 伯爵で小説家・政治家、首相1868、1874−80。
darkの語源・意味 (本来の意味>色の場合>比喩的意味)
印欧祖語*dherg-, *dhorg-, ゲルマン祖語*derkazとされるが、ドイツ語dunkel (イディッシ語tunkel ), オランダ語donker, フランス語obscur ( 英語のobscureはフランス語から。 「カメラ」はラテン語のcamera obscura(「暗箱」)の後半が省かれたもの)、スペイン語obscuro, イタリア語oscuroなどとなっていてゲルマン諸語にもロマンス諸語にも、少なくともよく使われるものには英語のdarkの同源語は残っていないようである。英語の「(飲み物の底に沈んだ)かす、おり」の意味のdregsはdarkと同源である。
古期英語ではdeorc ,中期英語ではdork, derkの綴りで、古期英語の意味はDARK, obscure, gloomy, sad ( Bosworth・TollerのAn Anglo-Saxon Dictionary)とされる。OED以外の英英辞典でもほぼ同じ扱いで、第一義としてあげている本来の意味はdevoid of or deficient in light(光が無い、または光が足りない)とかwith no or very little light; almost black(光が全然または非常に少ない;殆ど真っ暗な)となっている。OEDでは「色」の場合は、文字通りの( literal )意味として物体の色が「黒に近い色合いの( approaching black in hue :hueは中間色)」とし、例は1382年のものらで1795年Her dark hair floating on the morning gale --- Southey, Joan of Arc ), 1800年Two liquors, one of which has a dark and almost black colour.(この例からdarkとalmost blackとは同じ意味で使われているだと分かる) などである。
比喩的意味は本来の「暗い;黒い」からsecret, hidden, concealed(秘密の、隠された)の意味となったわけであるが、dark horseは文字通りの「黒い馬」から比喩的な「(力が)隠された馬」へと移った意味変化の好例である。
horseの語源など
印欧祖語*kers-, *kors-、ゲルマン祖語*kursa-とされる。英語のhorseはラテン語のcurrere (= to run )、さらにcourse, current, cursor, careerなどと同源ということになる。kがhに
変わったことはグリムの法則のとおりである。例えばラテン語cornū は英語のhorn(角;角笛)になっている( hに変わっていないcornet(楽器のコルネット)も英語に入っている)。
フランス語cheval, スペイン語caballo, イタリア語cavalloに対して スウェーデン語hast, デンマーク語hest, ノルウェイ語hestとなっていて、ゲルマン語とロマンス語との間にはk - hの移行( shift )が見られる。
horseは古期英語hors, 古期サクソン語・古期高地ドイツ語hros(o と rの音位転換( metathesis )が見られる)、中期ドイツ語ではh音の消えたRossとなっている。ドイツ語では今も雅語としてRossという語がある。
ドイツ語の普通に使われる「馬」という語はPferd (イディッシ語ferd )で、オランダ語paardと共に英語のpalfrey (gentle riding horse, especially for a woman (特に)女性用の乗用馬)と同様にラテン語のparaverēdus(早馬、駅馬)からでRossとは語源が違う。
(蛇足)ドイツ語の標準語と方言の中間に位置するという日常語( Umgangssprache )ではRossの複数形RösserはDummkopf(馬鹿<dumm(英語のdumb(「馬鹿な」という意味にも使う)と同源) + kopf ( = head ))の意味で、やはり「馬」は「馬鹿」なものと考えられるのだろうか。(ただし、日本語の「ばか」は「馬」と「鹿」との話しとは関係がなく、サンスクリット語のbaka(無知、迷妄)が「莫迦」と音写されたことからという説が有力らしい。)馬の仲間の語は「(頑固な)馬鹿者( stupid or obstinate and stupid person )」の意味で使われる場合が多いようで、たとえばmake an ass of 〜 はmake a fool of 〜 と同じ意味「〜を馬鹿にする」、stubborn as a donkey [ mule ]は「非常に強情な」の意味である。A king without learning is but a crowned ass.(学問の無い王様は冠を被った驢馬に過ぎない)という諺もある。horseの方がassよりはましなようでfrom the horses to the asses(良い地位・境遇から悪い地位・境遇へ)という表現もある。
馬は重要な動物だったので古期英語でも少なくとも五つの語があった:
hors --- 一般的な語
hengest --- 雄馬( stallion種馬、steed(軍)馬、gelding去勢した馬、horse );ドイツ語のHengst(馬・驢馬・駱駝などの雄)と同源
mearh , merh, mere --- 雌馬(今の英語のmare ); ドイツ語のMahreと同源
steda --- 種馬(stud-horse , stallion ),今のsteed; ドイツ語のStute(馬・驢馬・駱駝などの雌)と同源
eoh --- war-horse(軍馬), charger((古語・文語)軍馬);この語は印欧祖語*ekwos
からとされ、ラテン語equus, 英語でeohの形となったもの。equusの形容詞は
現代英語にも入ってequine(馬の(ような))となっている:an equine face(馬面(うまづら))のように使う。
-ineは「. . . に似た、. . .の性質の、. . . に関する」の意味の形容詞をつくる語尾(<フランス語-ine,またはラテン語-inus )。例:aquiline 鷲のような<ラテン語 aquila 鷲、 an aquiline nose鷲鼻|bovine牛の<ラテン語bos = ox, cow | canine犬の<ラテン語canis = dog, hound犬 a canine tooth犬歯|feline = catlike猫の<ラテン語feles, felis猫、山猫、テン(marten) ; Felis猫属; catはゲルマン祖語*kattuzからとされ、古期英語ではcat, catt (= tom-cat), catte (= tabby cat),ドイツ語Katze,デンマーク語kat,ノルウェー語・スウェーデン語kattとなっている。後期ラテン語(175-600) catus, cattus (= tom-cat ), catta (= tabby cat )とおそらく同源とされるが詳しくは分からない。フランス語のchat (= tom-cat ), chatte (= tabby cat )は後期ラテン語から。後期ラテン語の異形で中期ラテン語( 600 - 1500 )のgattus (= tom-cat ), gatta (= tabby cat )がスペイン語・ポルトガル語gato (= tom-cat ), gata (= tabby cat ), さらにイタリア語のgatto (= tom-cat ), gatta (= tabby cat )となった。なお、近代ラテン語(1500以降)では猫はfeles, felisとなっている|vulpine狐の<ラテン語vulpes = fox。
440年にBritain島の南部に侵入してKent王国を創建したジュート族( Jutes )の首領Hengst (<hengest )と弟Horsa (<hors )は二人とも名前は「馬」の意味だった。
現在も多いPhilipという名( first name )はギリシア語のPhiliposからでphilein (= to love (補足)参照)とhippos (= horse )から成り、horse lover(馬が好きな人)とかhorseman(騎手、馬の飼育者[調教師、世話係])の意味。変形されたものにはPhillip, Phil, Pip, Flip, Phil(l)ipa, Pippaなど数多い。日本語の「河馬」はhippopotamusの意味の借用であろう。hippopotamusはラテン語hippopotamus < ギリシア語hippopotamos < hippos「馬」+ potamus「川、河」。(補足)ギリシア語philein‘(= to love’ )のついた語:philology言語学;文献学<ラテン語philologia <ギリシア語philologia ‘love of learning, literature and language’ <philo- <ギリシア語philos ‘ loving ’< philein ‘to love’ +-logy <ギリシア語<logos‘word, discourse’| philosophy 哲学<古フランス語<ラテン語<ギリシア語philosophia < philosophos ‘lover of wisdom’ <philo- +sophos wise, learned | philanthropy博愛(主義)<ラテン語philanthropia<ギリシア語philanthropia< philo- + anthropos ‘man’ | Philadelphia フィラデルフィア(1776年7月4日にアメリカ独立宣言がなされたPennsylvania州の都市)<ラテン語<ギリシア語Philadelpheia<philos+adelphos ‘brother’
horseを使った表現は非常に多いが少しだけ上げてみよう ・・・
eat like a horse (大食いする、cf. I could eat a horse. (腹がぺこぺこだ)。日本語では「牛飲馬食」と言うが英語では「牛」は使わないようである。反対はeat like a bird(非常に少食である)|horse sense 常識、俗識|white horse 白波、White Horseはスコットランド産のブレンドウィスキー|horse opera西部劇|a [ one's ] high horse 高慢な態度|Don't look a gift horse in the mouth.((諺)貰ったもののあら捜しをするな;馬は歯を見ると年齢が分かるので)
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oats( オート麦)と馬
A grain, which in England is generally given to horses, but in Scotland supports the people.(イギリスでは普通馬に食べさせるがスコットランドでは人が食べる)
--- Samuel Johnson: A DICTIONARY OF THE ENGLISH LANGUAGE
LONDON MDCCLV
18世紀イギリス文壇の大御所Dr. Samuel Johnson ( 1709 - 1784 )による初めての辞書らしい辞書(1755年)のoatsの定義。スコットランド人を軽蔑している。なお、Mは1000、Dは500、Cは100、Lは50、Vは5でMDCCLVは1775(年)となる。
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simile (直喩、明喩) −−− as black as coalの類
どうしてそのような表現ができたか分かりやすいもの、たとえば( as ) black as coal [ pitch ], blind as a bat, brave as a lion, dead as a doornail (doornailは昔ドアに打ち付けた(飾り)鋲)), green as grass, white as snowのようなものが多い一方で、どうしてそんな表現ができたか分かりにくいものもかなりある。そのような例を三つだけ取り上げてみる。
✭ busy as a bee (たいへん忙しい)−−− 蜜蜂は忙しそうに働いているのは確かで、蜂蜜100グラムは蜜蜂が200万回も花のところに蜜( nectar )を集めに行かなければならないという。Geoffrey ChaucerのCanterbury TalesにはFor aye as busy as bees been they. (= For ever they are as busy as bees.)という文がある。beeは古期英語ではbēoで、8世紀前半にできあがったと思われている、古期英語時代の代表的叙事詩Beowulf「ベイオウルフ」はbeo (= bee蜜蜂)+ wulf(= wolf狼)で「蜜蜂の好きな狼」という一種のメタフォーで「熊」のことと考えられている。 また、この表現はb音が語頭にある頭韻( alliteration )を踏んでいて語呂がいい( euphonious )。上にあげたblind as a bat, dead as a doornail, green as grassのように頭韻を踏んでいるものがかなりある。
✭ cool [ cold ] as a cucumber (非常に涼しい[冷たい]、落ち着き払っている)−−− 胡瓜(キュウリ)の内部は外気よりも7度ぐらい低いらしい。以前はcold as cucumbersとも言い、「女性(たち)が冷静で感情を表さない」の意味だったらしい。この表現もk音の頭韻を踏んでいる。cucumberは14世紀にはcucumer、15世紀半ばにはcucumberでラテン語のcucumeren ( cucumis の対格の形)が古期フランス語のcocombre, cucombreとなり英語のcucumberとなったもの。
✭ mad as a hatter [ as a ( March ) hare ] (ひどく気が狂っている)−−−as a hatterの方はヴィクトリア朝の上・中流社会の虚栄・俗物根性を諷刺したVanity Fair(「虚栄の市」)が特に知られているイギリスの小説家William Makepeace Thackeray ( 1811 - 63 )が、やはりヴィクトリア朝の俗物根性を描写したThe History of Pendennisで使ったのが始まりという。一説ではmad as an adder のadderがatterとなりhatterに転化したもので、adder(マムシ)に噛まれると狂気( insanity )の原因となると信じられていたからという。また、一説では帽子の生地フェルト( felt )を作る時に使う硝酸銀が有毒であるため、帽子製造人が長い間これを使っていると毒におかされて、筋肉が痙攣して足元がふらつき、わけの分からないことを言うようになるからだという。adderは古期英語ではnædreで、後にa nadderがan adderと誤解されてadderとなってしまったもので、いわゆる異分析( metanalysis )という現象が起きた語である。 apronはa napron, 逆にnewt (= salamander イモリの類)はan ewte, nicknameはan eke name(またの名)が元の形。(ekeは現在でも多くはeke outの形で「補う、つけ加える」、副詞としては古語であるが「また、その上( also, in addition )」の意味で使う。)
as a ( March ) hare の方は三月は兎の繁殖期なので雄の兎たちが跳ね回るからだという。Lewis CarrollのAlice's Adventures in Wonderland(「不思議の国のアリス」, 1865 )の中に頭の変になったMarch Hareが登場するため、この表現はますます使われるようになったという。なおMarch hareの場合はm音が韻を踏む。
hatは古期英語hætでhoodやドイツ語のHutと同源、hareは古期英語ではharaでドイツ語Hase, オランダ語haasと同源である。なお、rabbitは中期英語ではrabbeteで、おそらくフランス語の方言rabbotte(おそらく<フラマン語( Flemish )または中期オランダ語のrobe ( rabbit, dogfish (トラザメ、ツノザメなど小形のサメ))からと考えられている。